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バス事故に思う

 関越道での深夜バス事故の第一報が入ったとき、私は東京へ向かう長距離バスの中だった。事故のことなど全く知らずに一日を過ごし、夜遅く再びバスに乗って自宅に着いたときに、そのニュースを知った。その偶然と自分にも起こりえた状況に恐ろしくなった。そして、それから事故の続報が流れるたびに、起こるべくして起こった事故であることが明らかになった。
 しかし、ツアーバスと乗り合いバスの違い、国交省と総務省とのやりとり、そして遺族の様子をドラマティックに紹介するマスコミを見るといつもの事ながら、辟易としてしまう。所詮今のマスコミは後追い記事しか書けない。なにか重大事故が起こって初めて、まるで真実を暴く正義の使者のように、「こんなひどいことをやっていたんですよ」とか「こんなに悲しませているんですよ」などと、訳も分からないコメンテーターの情緒的なコメントに乗せて繰り返す。
 もし、そのことを知っていたのなら、なぜ事故が起こる前に声を上げないのだろうか?4月1日の新聞に必ず載る「今日からの生活」という記事も同じである。「・・・が値上げされます」「法律が改正されました。」そんな法案が国会で成立していたことなど、おそらく新聞を日々つぶさに見ている人でしか分からないであろう。常に後追いをし、くだらない政争に関する憶測記事や目立ちたいだけの二流政治家の戯言をだらだらと流し続けている。
 
 だが、今更マスコミに期待することもないので、マスコミ批判をここで展開するつもりはない。私が言いたいのは人間の性であり業である。長距離バスに関して法律が改正されたのは2000年。あの小泉改革の規制緩和政策の一つであった。規制をなくし、競争原理を働かせることで強い企業が残り、経済を活性化させようとしたあの改革である。しかし、性善説基づいた社会主義が破綻したのと同じように、この競争原理も理論とはかけ離れた結果を生んだ気がする。
 健全な競争原理を阻んだ最大の原因は我々の「欲」ではなかっただろうか。建設業界の競争入札にしても、流通業界のシェア獲得競争でも、その競争の基準は「価格」でしかなかった。安さこそが、最もわかりやすい指標になってしまった。「安心・安全」などと言われているが、その曖昧な基準に人々はほとんど興味を示さず、価格の安い方へと流れていった。健全な経営や、安全な商品を提供する価格よりもはるかに安いものに人々は飛びついてしまった。
 近くのスーパーでは、次々と激安店に衣替えをし、多くの客を呼び寄せている。今までよりも2,3割安い食品がなぜ店頭にあるのか、多くの人は深く考えずに購入している。安さの魔力とは恐ろしい。我々は適正な価格とはいかなるものかを真剣に考えられる「賢い消費者」にならなければ、競争を生き抜くのは綱渡りをしている企業だけになってしまいそうである。
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テーマ : 気になったニュース
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Author:Banana fish
村上春樹をこよなく愛する者です。タイトルは「風の歌を聴け」に出てくる台詞から引用しました。タイトル通りにありふれた現実と美しい映画や文学について書いていきます。

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