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ノスタル爺

 先日、叔母の葬儀があった。私もいい歳なので、叔母や叔父にあたる人々が少しずつ減ってきている。叔母はとにかく声が大きかった。子どもの頃はよく遊びに行っていたが、その当時はおカイコさんを飼っており、台所脇の離れでは機織り機がいつも勢いよく動いていた。ガッチャン、ガッチャンという凄まじい大音響の中でも、叔母の声は良く聞こえていた。いつも大きな声で話し、大きな声で笑っていた。叔母はとにかく忙しかった。桑畑に行って桑の葉を山のようにとってきて、天井裏のおカイコさんに与え、機織りをし、寝たきりのおばあちゃんの世話をし、遊びに来た甥っ子の世話もしてくれた。でも、いつも元気でいつも陽気だった。
 葬儀の時、別の叔母と話をした。御年94才。亡くなった叔母と同じようにかしましい人だったが、自分で歩くこともままならず車椅子に乗っていた。でも、とても懐かしく、そしてうれしかった。二人でいるときには、少年だった自分と叔母に戻ったような錯覚を覚えたからだ。うまく言えないが、何十年かぶりに同窓会をやったときに、学生時代に戻ったような気分になるようなものだ。決して楽しい少年時代だったわけではないが、浄化された思い出は少しだけ甘い。叔母がいる限り、その思い出は現実のものとして蘇る。
 しかし、亡くなった叔母との思いでは永遠にパッケージングされてしまった。もう、あの頃の感覚を得ることはできない。思い出は本当に思い出になってしまった。そう考えたら、無性に悲しくなってきた。
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Banana  fish

Author:Banana fish
村上春樹をこよなく愛する者です。タイトルは「風の歌を聴け」に出てくる台詞から引用しました。タイトル通りにありふれた現実と美しい映画や文学について書いていきます。

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