スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

動的平衡

 
 福岡さんの「生物と無生物の間」は私にとって衝撃的な本であった。生命とは何かという根源的問題を解くために動的平衡という私にとって全く新しい概念を植え付けてくれたからだ。その衝撃はドーキンスの「利己的な遺伝子」を読んだときに匹敵するものだった。 福岡さんの「動的平衡2」の冒頭部分でドーキンスについて書かれてあったのは何か自分にとって因縁めいたものを感じた。
 さて、ここでいまさら動的平衡について書くつもりはないが、「人はなぜ科学を探求するのか」という問いに対する彼の考えが面白かったので、ここに載せておくことにする。

 虹のスペクトルは連続していて決して七色に見えない。人面魚や心霊写真などは本来ランダムな文様にさまざまな人面が見えてしまう。これらの「空目」と言われる現象は人間の脳が勝手にパターンを作っている例証である。我々がこの目で見ている世界はありのままの自然ではなく、加工されデフォルメされているものなのだ。これは脳の特殊な操作である。
 これは何も目だけに限ったことではない。私たちは、本当は無関係な事柄の多くに因果関係を付与してしまいがちである。
 ことさら際を強調し、わざと不足を補って観察することが、あるいはランダムに推移する自然現象を無理にでも関係づけることが、長い進化の途上、生き残る上で有利だったからだ。世界を図式化し、単純化できるから。
 しかし、これは人が人たり得て間もない頃、生存自体が唯一の目的だったときの話で、生存そのものではなく、生存の意味を見つけることに変わった現在では、それは障害となることが多い。しかし、かつて身につけた知覚と思考の癖はしっかりのこっている。
 人の目が切り取った部分は人工的なものであり、人の思考が見いだした関係の多くは妄想でしかない。さらに、私たちの脳は対数的に増えていくもの、振動しているもの変化しながら動くものをうまく捉えられない。
 このことから、私たちは重要な箴言を引き出すことができる。「直感に頼るな」ということである。直感が導きやすい誤謬をみなおすために、あるいは直感が把握しづらい現象へ想像力を届かせるためにこそ勉強を続けるべきなのだ。
スポンサーサイト

テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Banana  fish

Author:Banana fish
村上春樹をこよなく愛する者です。タイトルは「風の歌を聴け」に出てくる台詞から引用しました。タイトル通りにありふれた現実と美しい映画や文学について書いていきます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
訪問者
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。