スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

永続敗戦論

 
 最近、朝日新聞で絶賛されている本書であるが、非常に興味深く読ませてもらった。なるほどと納得させられるところと、今ひとつ納得できないところが混在しているが、最近右寄りの自分のスタンスを見つめ直す良い契機になった。彼の主張を引用しながら、率直な感想を述べていきたい。

□永続敗戦
 まずはこの言葉に違和感を覚えた。ようするに戦後一貫して対米追従をしてきたということで、敗戦国と戦勝国の関係性がそのまま続いているということを言いたいのだろうが、キャッチーなフレーズを使うことが目的であって、ずっと負けている状態が続いているという表現は無理矢理感が漂う。そもそも、敗戦を終戦と置き換えたという話にも納得がいかない。終戦記念日=日本が負けた日 という認識は一般的な日本人なら誰しも持っていると思う。

□日本の民主化
「戦後日本においてデモクラシーの外皮をまとうことができたのは、日本が冷戦の真の最前線でなかったからだ。それは、最前線である韓国、台湾が権威主義的で暴力的な反共政権が長きにわたって統治を行った事からも明らかだ。地政学上、アメリカにそれだけの余裕があったと言うことに過ぎない。」

これは、とても納得できる。反共の盾に守られていたので、アメリカが強権を発動する必要も無かったのだろう。また、天皇制や大日本帝国という国体をある程度維持しておくことで、体制をすべてつぶして、イラクやアフガンのような無政府状態に陥って反米政権になる危険性を少しでも減らす事を可能にしたのだろう。

□尖閣諸島の領有権
「国家の領土を決する最終審判は暴力(戦争)だけだ。したがって、日本の領土問題を考える上では、太平洋戦争の結果、日本が受諾したポツダム宣言及びサンフランシスコ講和条約を考える必要がある。しかし、問題が複雑化するのはこの講和条約に中国、韓国、ソ連が参加していないことだ。ポツダム宣言の第八条によって、日本は日清戦争以後に獲得した領土を放棄した。」

これはどうなんだろう。もし厳密にポツダム宣言やサンフランシスコ講和条約をとらえて、日清戦争以後の領土を放棄するなら1895/1/14に尖閣諸島は編入し、1895/4/17に下関条約が締結されたので、尖閣諸島の領有権は日本になるだろう。その当時、戦争中だったとか、日本が優位的立場だったとか言い始めたら、そもそも原則論から外れてしまいはしないだろうか。

□北方領土の領有権
 「サンフランシスコ講和条約において、「千島列島およびポーツマス条約によって獲得した領土を放棄」した。平和裏に獲得した千島列島まで放棄してしまった。
 日ソ共同宣言において、1945/8/9以来の戦争の結果として生じたことにたいする請求権を放棄した。お互いの損害をすべてちゃらにしたわけだ。そして、平和条約締結の暁には歯舞、色丹は温情で返してあげるということになった。ところが、ここでアメリカから横やりが入る。いわゆる「ダレスの恫喝」である。1956年8月、ダレス米国務長官は日本の重光葵外務大臣と会談し、日本が2島返還で決着させるなら沖縄は永久に返還しないと言い渡した。そこで日本政府は、新解釈を打ち出すことになる。それが「国後、択捉の南千島はサンフランシスコ条約2条C項で放棄した千島列島には含まれない」というものだった。北方領土問題を解決させたくなかったアメリカが国後、択捉の2島を日本が返還要求の旗印から降ろさないことを要求したのは、ソ連が絶対に呑まないことが分かっていたからだ。逆にソ連側も歯舞、色丹の引き渡し(本来は返還とすべき)を打ち出したのは、日米の友好関係にひびを入れることを狙ったからだと思われる。結局、アメリカの意向をくんだ日本はソ連が北方領土を不法に占領し、返還要求を拒否しているという状態をつくりだし、反共、反ソというもくろみは見事にうまくいったわけだ。」

 これを読むと、北方四島を返還してもらうのは厳しいのかなあと思います。サンフランシスコ講和条約でも日ソ共同宣言でも放棄しているのは事実だから。ポツダム宣言を受諾してから、怒濤のように進行してきた行為は卑劣きわまるが、それを認めてしまったら、それで終わりのような気がします。それをいまさら、あの話はなかったことにとか、賠償責任をなんて言い始めたら韓国と同じ立ち位置になってしまいそうです。

□竹島の領有権
1905/1 竹島編入閣議決定
1905/11 第二次日韓協約締結  韓国の外交権の剥奪

 これも、尖閣諸島と同じだと思う。日本が敗走しているときに進撃したソ連の主張を認めるとしたら、例え弱体化していたとしても、独立国で会った当時の朝鮮が異議を唱えなかったとするなら、それは認められるべきなのではないだろうか。

□対米追従、隷属関係
「どのような国家であれ、国家が本来的な意味での正義を体現することなどない。国家はその本性からして悪をはらみ、他国や他国民を手段化するものである。アメリカによる戦後の対日政策の善し悪しを道徳的見地から論じることは無意味だ。それは道議でも善意でも悪意でもなく、アメリカの国益追求と国内事情によって規定されていた。アメリカから見れば日本が中国、ロシアと接近して米国中心の世界秩序への朝鮮を企てることこそ、最悪のシナリオである。したがって、日中、日ロに一定のくさびを打ち込んでおくこと、その関係が決して親密にならないような火種を残しておくことが、重要な戦略であり、軍産複合体の利益にもかなう。」
 
 著者はアメリカ追従、隷属関係を厳しく非難しているが、著者が言っているとおり国家に道徳性なんてない。アメリカは自国の利益を第1優先しているのは紛れもない事実だ。だが、対米追従型外交は日本にとっても自国の利益につながっていたのではないだろうか。あほみたいに盲従する必要は無いが、アメリカの傘の下で生き抜いていた方が、少なくとも冷戦が終わるまでは得策だったに違いない。国同士なんて所詮は己の利益のためにだましあいをしているようなものだ。
 他国に隷属している状態では、メリットよりもデメリットに脚光が浴びる。それは、自国のプライドを傷つけている状態だからだ。政治は100%素晴らしい状態もないし、100%酷い状態もない。6:4でメリットが多いくらいがほとんどではないだろうか?韓国などを見ているとつくづく思うが、日本統治下を冷静に見ればその前の時代より明らかにメリットの方が多かったはずだが、しかし、彼らのプライドがそれを許さなかったし、直接日本が統治してしまったことがまずかったのだろう。当時、傀儡政権を任せるほどの統治システムもなかったのかもしれないが。

□東京裁判
「東京裁判でA級戦犯になった人々が1979年以降に神として靖国神社に合祀され、政治家が参拝することは連合国への不満の表明となる。」

 これは、どうなんだろうか?サンフランシスコ講和条約の中に赦免する事項があり、独立を勝ち取った後、国際的にも赦免されたはずだ。なぜ、そんな条項があったのかよく分からないが、戦勝国によるリンチという不当な裁判であったのは間違いないが、その判決を認めて、その後、赦免の手続きをとった。そうなると、彼らをこれ以上おとしめる必要があるのだろうか?心情的には、責任者不在のままなし崩し的に愚かな戦争に突入させた彼らを許す気にはならないが、論理的、国際政治的には許されているはずだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Banana  fish

Author:Banana fish
村上春樹をこよなく愛する者です。タイトルは「風の歌を聴け」に出てくる台詞から引用しました。タイトル通りにありふれた現実と美しい映画や文学について書いていきます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
訪問者
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。